大阪・あべの・ネパール料理とシンキングボール。大阪阿倍野区のわのわカフェ ネパール雑貨

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すべては原因と結果のつながりの中の仮のかたち

2010/08/24

             

このような考え方に惹かれます。
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、、、マンダラにおいて、聖なるものである仏が俗なる存在でもある。
このような矛盾する意味づけが可能である根拠は、
「空」という仏教教理から導きだされたものと考えられます。
「空」とは、すべてのものは恒常的で不変な本質をもたない、という意味です。
「空」の思想においては、
あるAというものは、
Bなどのほかのものとの関係性のなかで
仮に存在しているにすぎません。
Aを存在させているBやCといった原因がなくなれば、
結果としての存在であるAもまた消滅します。
もしAが空ではなく、永久に変わることのない本質をもった自立的存在であるならば、
Aはそれのみで存在しつづけることが可能ですから、
BやCなどの原因がなくなったからといってAが存在しなくなるということはありません。
この場合、AはA以外のものになることもありません。
ずっとAでありつづけます。
しかし仏教はそのような考え方を退けました。
仏教の思想では、
すべてのものは原因と結果のつながりの中で、
あるかたちを仮にとってあらわれていると考えます。
後期密教ではこの「空」の思想にもとづいて、聖なるものと俗なるものとの二重写しを
マンダラにおいておこなったのです。
『マンダラ チベット・ネパールの仏たち』国立民族学博物館特別展図録
「後期密教のマンダラ」(野口圭也) より抜粋

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